読者からのご質問・ご要望

 本ページにて、読者からのご質問・ご要望の回答を掲載いたします(第1版第1刷対応)。なお、お寄せいただきました内容をもとに、将来的な増刷時に本文の修正を行う場合があります。
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最終更新:2015/10/06

  • ■■1章「車体」(服部 守成)

    ●p.8
     「1931年度設計のスハネ30形式・・・以降の車両は全鋼製構体として製作」とありますが、80系湘南電車の全金属製車両は、1957年製作の300台からですが、客車と電車の20年以上のギャップは、如何なる理由によるものでしょうか?

    <回答>
     第1章では標準仕様における客車の構体材質の変遷を時系列的に記述しましたが、標準仕様としては電車もほぼ同じ様な変遷をたどっております。1924(大13)年から国鉄モハ10形式が木製構体で量産されました。1926(昭1)年製の国鉄モハ30形式は半鋼製構体で、1932(昭7)年製の国鉄モハ40形式からは車長20mの丸屋根鋼製構体で製作されています。その他、1927(昭2)年に開業した東京地下鉄1000形電車では火災防止対策のために全鋼製構体で製作されています。
     しかし、1937(昭12)年以降は戦時色が強まり、戦時設計の採用や客車の製作打ち切りが有りました。1939(昭14)年発行の書籍には客車の屋根構造として木製丸屋根構造図が記載されていますので、これが戦時設計の屋根構造であったと思われます。
     1944(昭19)年に誕生した63系電車は当然戦時設計で製作されました。戦後も当時の資材難と緊急の増備要請に対して、標準設計に移行する余裕がなく半鋼製構体のまま製作されました。それと同様な理由で当初の80系湘南電車も半鋼製で設計され製作され続けましたが、1951(昭26)年の63系電車の火災事故と車両近代化の方針を受けて1957(昭32)から全鋼製車両に変更されました。

    ●p.17
     「車両の外形形状および寸法は車両限界・建築限界を超えないように・・・」とありますが、「車両の外形形状および寸法は車両限界を超えないように・・・」とすべきではないでしょうか。建築限界は、車両の走行に支障をきたさないか、車両の動揺、軌道狂いその他を考慮して、車両限界外に余裕空間をもって沿線構造物を設置するために決められたもので、いかなる構造物もこれを侵してその内に入ることを許されないものです。あくまで、構造物に対する限界を示したものです。

    <回答>
     ご指摘の部分は「付録A-用語解説」の検索用語として記載したものです。下記に示す「付録A-用語解説 3」をご覧ください。

    「3 車両限界と建築限界
    トンネル、橋梁、建築物(駅のホームなど)に曲線でも車両が接触しないように、高さ・幅・床下機器下高さなどの車両側の構造物に対して定めた限界を車両限界、また、線路上の構造物側に対して定めた限界を建築限界という。建築限界断面は車両限界断面より大きくし、余裕を見込む。」

     しかし、当該部記述は読者に誤解を与える可能性がありますので、次回の版から下記の様に変更します。
    「車両の外形形状および寸法は車両限界(付録A―用語解説 車両限界と建築限界●3を参照)を越えないように・・・」(注:「車両限界と建築限界」は太字、●3は上付き文字です)

    ●p.32
     軽量ステンレス車両の説明は、他の書籍でも有限要素法による解析の成果が強調されていますが、読者が知りたいことは、以下の点にあるように思います。
    ①軽量ステンレス車両は、それ以前のステンレス車両に比較して、どの程度の軽量化が実現したのか?
    ②構造のどこを見直すことで軽量化を実現したのか?
    ③アルミ車両と軽量ステンレス車両の重量差?
     これについては、名古屋市交通局のN3000形(6両編成3M3T)に、アルミ車両(日立製、総自重180.6t)とステンレス車両(日車製、総自重196.9t)があり、1両当りアルミ車両が2.7t軽くなっています。一般的に軽量ステンレス車両といえどもアルミ車両とは、この程度の差があるとの認識でよろしいでしょうか?

    <回答>
    ①従来のオールステンレス車両に対し軽量ステンレス車両の構体重量は約1.8トン軽量化されました。
    ②軽量化の基本は部材の点数削減と板厚の薄肉化です。
    図1.35のオールステンレス車両と図1.37の軽量ステンレス車両とでは外板形状をコルゲーション外板から、より平滑なビード出し外板に変更することにより、構体構造がより張殻構造化され軽量化が進化しました。
    ③アルミ車両と軽量ステンレス車両の重量差?
    著者は名古屋市交通局のN3000形のアルミ車両とステンレス車両に付きまして、その構造の仕様差に付いての知見を持っておりません。もし、構体以外の仕様・構造が同一であるとすればお考えの通りで良いと思います。

    ●p.37
     「1999年の日刊工業新聞によると・・・ステンレス鋼ダブルスキンパネルによる試作構体」とありますが、それから16年経過、現時点でのステンレスダブルスキン構造は、「1.5.2ダブルスキン構造定着の条件」に記載されている状況に留まっているのでしょうか?

    <回答>
     ステンレス鋼ダブルスキン構造の現状は試作車両の完成のみで、残念ながら現時点でも量産化は実現して居りません。量産化されるためにはダブルスキンパネルが許容コスト以内で生産される技術・生産システム・生産体制の確立が必要ですが、これは鉄道業界のみの実力では実現出来ず、各種産業界全体の必然性と合致した時に可能に成ると考えています。

  • ■■2章「台車」(石塚 弘道)

    ●p.43
     現在、台車は軽量化を目的に端ばりのない構造が主流と思われます。図2.2は、現在、主流となっている端ばりのない台車の写真とすることが望ましいのではないでしょうか。

    <回答>
     ご指摘のとおり、現在の台車枠は、軽量化および省メンテナンス化を主な目的として、端ばりやつなぎばりなどのない、できるだけ簡素化した構造が主流となっています。ただ、本書では、台車枠の全体像を知っていただく意味で、あえて、いわば旧式の、複雑で重い台車枠を紹介しました。今後、機会があれば、この旧式の写真とともに最新の台車枠も紹介したいと思います。

  • ■■7章「駆動装置」(松山 晋作)

    ●p.139
     「軌間が広い私鉄車両へ直角カルダンが用いられました」とありますが、これは事実でしょうか?直角カルダン車は、東急5000系、東武5720系、相模鉄道の多くの形式の車両等、いずれも軌間は1067mmの狭軌です。P275にも狭軌の小田急で、直角カルダン車の走行試験の記載があります。

    <回答>
     この文章は平行カルダンを念頭においていたため確かに正しくありません。正しくは、「日本における導入は、1950年代(昭和25年以降)狭軌台車でも構成しやすい直角カルダンが先行、ほぼ同時期に平行カルダンも軌間が広い私鉄電車から実用化されました。」と記述すべきでした。

    ◆参考文献:東洋電機技報 109号(2003-11)
    1951年:
    各社で電動機の台車装荷駆動システムの研究が始まる。
    狭軌が多い我が国の電鉄では、自動車の技術を応用して、比較的容易に高い減速比が得られる直角カルダン方式が最初に実用化された。これにより主電動機の回転速度を上げて軽量化が可能になった。
    1952年:
    我が国初の平行カルダンは、スイスBBC社のディスク方式にヒントを得た中空軸方式、米国のWN継手に似た中実軸歯車式の二種類、京阪神急行(阪急)京都線(標準軌)で現車試験。
    1953年:
    京阪電鉄(標準軌)1800形、平行カルダン実用化、「1801号車」中空軸カルダン(電動機側はゴムと歯車継手、ピニオン側はタワミ板継手、東洋電機)、「1802号車」中実軸WN継手(三菱電機)。
    東武鉄道(狭軌)5720形、直角カルダン(東芝)採用。(Wikipediaによれば、トラブル多く、1961年吊り懸け式に戻されたいきさつあり)
    1954年:
    名鉄(狭軌)、南海電鉄(狭軌)、西鉄路面電車(標準軌)、タワミ板方式平行カルダン(東洋電機)。
    小田急電鉄(狭軌)、直角カルダン(三菱電機)納入
    東急(狭軌)5000形(モノコック構体)、直角カルダン
    1956年:
    富士急、初の狭軌用WN継手平行カルダン(三菱電機)
    1957年:
    小田急3000形SE車、(狭軌)中空軸タワミ板平行カルダン(東洋電機)
    国鉄101系、中空軸タワミ板平行カルダン採用(東洋電機)
    1960年:
    新幹線車両にWN継手平行カルダン採用(三菱電機)
    1969年:
    京王電鉄(馬車ゲージ) 中実軸タワミ板継手(東洋電機、TD継手と呼称)

  • ■■9章「集電」(松山 晋作)

    ●p.177
     「0系(東海道)-200系(東北・上越)の時代は、・・・BTき電方式」とありますが、東北・上越新幹線は、山陽新幹線後の開業であり、ATき電方式です。

    <回答>
     ご指摘ありがとうございます。「東海道新幹線は開業以来、当時在来線の交流電化で採用されていたBTき電方式が続き、列車は1ユニット(2両)ごとに…」と改めます。

    ●p.181
     「戦後鋼材が払底して・・・「き電ちょう架方式」として用いた時期・・・最近は・・・2本の硬銅より線をき電ちょう架方式とした・・・」とありますが、国鉄におけるき電ちょう架方式は、戦前の1931年に中央本線の笹子トンネルで採用されたのが最初との記録※もあります。いずれが、正しいのでしょうか?
     また、現在のき電ちょう架方式が、従前の技術をそのまま踏襲した印象を受けます。大都市圏の大電気容量電化区間での、き電ちょう架線の弛度調整等の技術的課題を解決した結果、現在のき電ちょう架方式が実現したようです。技術開発に取り組んだ技術者の努力に報いるためにも、技術開発の結果であることを技術書として若干触れるべきではないでしょうか。
     JR西日本のき電ちょう架線は1本のアルミ覆鋼心耐熱アルミ合金が使用されています。
    ※ 鉄道と電気技術 2011年12月号 P82

    <回答>
     ご意見ありがとうございます。上記箇所の次に書いたように、この方式は、トンネルなどでは従前から使われていたものです。たまたま戦後鋼材払底の折、やむを得ず硬銅より線を使ったこともある、という史実があったことを述べたもので、これがこの方式の源であったのではありません。硬銅より線では強度が低く、異種金属接触腐食など多くのトラブルがあったと思われます。しかしこういう小さな経験が重なってある條件、例えば1970年代の電力送電線(交流)向けのアルミ被覆鋼線(AS線)、1980年代のアルミ被覆鋼芯・耐熱アルミより線など、強度、発熱、熱膨張、防食などの課題に応えた架空電線の開発などでブレークスルーが起きました。現行の最新「き電ちょう架線方式」は、材料的にも電力送電技術の向上が背景にあります。残念ながら本書ではそこまでは踏み込めませんでした。
     笹子トンネルが「き電ちょう架線方式}の嚆矢であったことは初めて知りました。笹子トンネルは蒸気用に小断面で掘られたため天井が低く、1931年電化に当たっては車輛側でパンタ高さを低くすることが必要でしたが、架線も現代のような剛体架線がない時代ですから、特殊な方法が採られたのでしょうか。因みに1893年開通の碓氷峠ではアプト式第三レール集電でした。
     JRに分割後の新しい技術については、国鉄時代と異なり各社が独自に開発しており、現状では公表に制約があります。これについては、序章でも述べたように、後世の技術書を待つほかありません。さらに、執筆者も狭い材料の専門家で、架線力学などの専門外の分野には疎いことをご理解ください。

  • ■■10章「軌道」(松山 晋作)

    ●p.207
     「レール費用の40%にも及ぶ溶接費用」のレール費用とは、レール価格を意味しているのでしょうか?つまり、溶接ロング化すると、レール価格が、事実上定尺レールの1.4倍になるとの理解でよろしいのでしょうか?

    <回答>
     そのように理解されてよいと思います。執筆者が亡くなっており本意は不明ですが、普通レールは普通条鋼の価格、トン(1000kg)当たり7~8万円程度、定尺25mでは10~12万円と思われます。本文では、途上国の話ですのでもっと安いかも知れません。
     溶接費用は、材料費よりも、施工場所、請負施工箇所などで変動する人件費・管理費の占める割合が大きく一概には言えませんが、1口当たり数万円。途上国では対レール価格比は、端部焼入れ(処理費は工場なので定尺25mレールの5~6%程度)のほうが安いということです。ただしレール更換までの保守費(落ち込み補修人件費、車両への影響も含む)は、列車頻度の増加などが見込まれれば、溶接の方が安くなる可能性もあります。

    ●p.229
     「分岐器や橋梁用に使われる以外はPCまくらぎが主力」とありますが、JR西日本の分岐器には、多くの個所でPCまくらぎが使用されています。JR東日本でも中央本線大月駅の分岐器にPCまくらぎが使用されています。

    <回答>
     JR西ではバラスト道床でPCが主力でしょうか? 大月駅に使用されているのがめずらしい位なら、全国的に見て主力といえるのでしょうか? 分岐器はPCですとゴムパッドなど緩衝材が必要ですが、木まくらぎは緩衝材にもなっているのです。執筆者(栗原)は分岐器メーカの勤務経験もあり、PCはレアケースだと云っています。因みに、図10-20(京王線高幡不動駅の分岐器)では分岐器内は木まくらぎとなっています。

    ●p.230
     「(鉄まくらぎが)日本では、省力化軌道用としてJR貨物の分岐器のほか・・・」とありますが、JR貨物管理の貨物ヤードの線路で、分岐器以外の個所にも鉄まくらぎは多数使用されています。

    <回答>
     執筆者(栗原)の言では、鉄まくらぎは、信号回路の絶縁性がないため、本線ではあまり使用されていないということです。信号回路のないヤードでは使用されているのでしょうか。特殊な例で、絶縁付鉄まくらぎも製作されていますが、多くはないようです。

  • ■■付録B「鉄道材料技術史年表」(松山 晋作)

    ●p.275
     「京阪1800形、中空軸平行カルダン駆動装置(WNおよびTD継手)」とありますが、中空軸平行カルダン、WN継手、TD継手は各々独立した構造形式であり、この表記は誤りではないでしょうか。1800系は、MM編成、1801は中空軸平行カルダン、1802はWN継手です。

    <回答>
     ご指摘の通りです。「京阪1800形、中空軸たわみ板継手方式および中実軸WN継手方式の平行カルダン駆動装置を同一編成2車両に搭載」とします。